流産したときのこと
12月半ば。
妊娠11週目にして出血があった。嫌な予感を自分の腹の中に抱えながら過ごすのは落ち着かないものだった。トイレに行くたびに下着を確認して、何度も検索して一喜一憂する。この色は、量は、大丈夫か。大丈夫じゃないか。
うっすら分かっていた。最初は褐色かかっていたおりものがどんどん鮮血が交じった色になっていったから。ただ、事実を知るのを引き延ばしたかった。
数日その状態で過ごし、とうとう我慢できなくなって救急病院で診断を受けたとき、医者の言葉を聞いてやはり悲しみが波のように襲った。胎児は最初の検診の時から成長していなかった。
検査の棒を突っ込まれる痛みに紛れて涙を零した。
4週間も前に成長を止めたなら、もっと早く知らせてくれたらよかったのに。呆然としながらパートナーと家に帰った。
自分の体に裏切られたように思う。このパターンは初めてだけど、自分の身体に裏切られること自体は初めてではない。
ここからの身体の変化は劇的だった。立っていられないほどのめまい、腹痛、吐き気に襲われて、生理のときの何倍の血を流した。
子どもになるはずだったものをトイレに流すしかないことに、胸が引き裂かれる思いだった。便器に、シャワーの床に血の塊が落ちるたびにあれが子供だったかもしれないと、たまらない気持ちになる。手に取る気にもなれなくて、目に焼き付けて、排水溝に流す。さようなら。さようなら。ごめんね、許して。
数日間の劇的な出血とともに、あっという間に身体が1人分に戻っていった。
下腹に少しずつ溜まっていた膨らみがストンとなくなった。身体のだるさも、のどの渇きも、胸の張りも、手足までのぽかぽかした温かさも、あの特別に幸せな気持ちも、すべてなくなってしまった。
偶発的な染色体異常だって。何度も想像する。
商店街の福引みたいに、カラカラ回してポンッと出た最初の卵子がうまくいかない卵だったのか。
そんな偶然あるんだろうか。生理をもう一回待ってから妊活したらよかったんだろうか。
直後はなんとか気を取り直そうとして、また次の子ができるとか、いつから妊活を再開できるとか調べたりしていた。別に子どもを持つことに執着しているわけじゃない。
あれから何日も経つけど、一日に何度も反芻する。
あの子が良かったの。もうすでに大事にしていたから。名前をつけてあげれば良かった。来年の夏に生まれるはずだった。
性別なんてもちろんまだわからなかったけど、2026年の干支に気が付いたときから確信していた。面倒くさい女系の家族の末裔の私が丙午に産むんだから女の子に違いない。
心のなかでよく話しかけていた。
今日はちょっとしんどいけどバレエ頑張ろうねとか。このご飯は美味しいねとか。
毎晩パートナーの温かい手をお腹に当てて寝ていた。
短い妊娠生活には、特別な幸福感があった。
パートナーが私の好きな果物をたくさん買ってきてくれたこと。
飲み会を2人で早めに抜けて、お腹を気遣いながら帰ったこと。
子どもにどうやって呼ばれたいかを話し合ったこと。
家を整えようと試みてもいて、イケアに棚を買いに行って、2人で頑張って組み立てたこと。子ども部屋のショールームもたくさん見た。
わがままをきいてもらって、美味しいパン屋さんに寒い中遠征した。
パートナーがいつも以上に私に甘くて気遣ってくれているのが嬉しかった。
そういうものも、全部。
少し離れたモールに買い物に行こうと思って足が止まる。前に行ったときはまだ妊娠していた。運動がてら歩いて行って、身体に良さそうな食材を買ったんだった。
お湯を沸かそうとして、新しく買ったケトルを見るたびにも。粉ミルクも作るかもと思って、温度調整できるものを選んだ。
検索しようとして、先週開いていた抱っこ紐の比較のページを閉じる。
なにを見ても思い出す。
こんなことがあったあとでも、知り合いの子供は相変わらず可愛らしく見えることにほっとする。スーパーで見かける赤ちゃんもかわいい。
でもSNSで見かけた、2歳の息子のひどい後追いにイラついて、ほとんど暴言のようなものを呟いている母親の投稿には動揺した。そんなひどいこと言うなら私にくれよ。なによりも大事にするのに。
悲しむ間を縫って、もう妊娠報告をしてしまった人たちへもう一度報告を入れた。
早い時期に報告した自分の浅はかさを恨んだ。
なにもクリスマス前、しかもパートナーの誕生日の直前じゃなくてもよかったのに。
一人部屋で静かなクリスマスソングを聴いているとたまらない気持ちになる。
甘えの延長で、今年はまだいらないかと話していた生木のクリスマスツリーを買ってもらった。一番小さな規格なのに随分と立派なそれは、いい匂いを放ちながらリビングの角で輝いている。
デコレーションは単色のライトだけ。
慎ましいオレンジの灯りをぼんやりと眺めながら、ピアノのクリスマスソングを聴いていると、さみしさが際立って、同時に心が安らぐ。
年末年始の間、ツリーは私たちを慰めてくれた。
正月を過ぎてもまだあかりを灯している。
残酷にも、生木はずっとは取っておけない。
近くこのツリーを捨てないといけないとき、私はきっとまた泣いてしまうだろう。
季節が進んでしまう。新しい家族のことを待っていた温かい記憶。33歳と32歳の私たち。さみしいクリスマス。きっとこの悲しみももうすぐ薄れていく。さようなら。
別れを告げる準備と同時に、変化を望む気持ちもある。
新しい年、新しい生活が待っている。

