2023年3月7日
イギリスのメディアBBCがジャニーズ事務所の創始者で2019年に亡くなったジャニー喜多川氏の、長年に渡る性的搾取について大々的に報道した。
BBC NEWS JAPAN 加害が明るみに……それでも崇拝され 日本ポップス界の「捕食者」
この報道の予告を見て私は思い出した。
ずっと前にも”ジャニーさん”のこの噂を聞いたことがあったこと。
ずっと忘れて、知らないふりをしてきたこと。
2000年代にティーンネージャーをやっていた私にとって、当時最盛期だったのは、KAT-TUN、関ジャニ∞、NEWSあたりだった。
大量のデコ画像が出回っていたのをよく覚えている。
特にKAT-TUNは小学生時代の親友が大ファンだったおかげで、一緒にハマった。
今でも1〜3rdアルバムに収録されている曲、その頃までに発表されたシングルはほどんど歌える。
車の中でも延々とかけていて、親にお願いだからもうやめてくれと言われたほどだった。
中学生のときに学校に行くのをやめ、一人で過ごす時間が増えた。
ファンタジーの本をたくさん読んでいたんだけど、やっぱりもう少し現実に近いもの、現社会との接点(でも自分を傷つけない範囲で)を持つ物語を探していて、偶然夢小説なるものにたどり着いた。
懐かしいね、夢小説。
一時期は山Pのファンで、そのあとは誰のファンでもなかったけれど、ジャニーズのことは全体的に関心を持っていて好きだった。
そしてその夢小説は、自分を物語の主人公にしてくれ、自分に都合のよい展開やあえてひどい目に遭うような内容で、自尊心や自己憐憫を満たしてくれるような魅力があった。
毎日のように読み、現実とは少しずれた小説の中のジャニーズ像に好感を抱いていたようなところがあったと思う。
スマホで見る小さな画面には手作りのHPが表示され、それは当時の最大限の装飾が施されていて、だいたいパスワードがかかっていた。ヒント:誰々の誕生日、とか。
それを調べるためにいろいろ調べ物をしていくなかで、”ジャニーさん”はジャニーズの子たちに手を出している、ゲイだ、訴えられたという情報を私は目撃した。
確かどこかの掲示板に書かれていたのだと思う。
ええまさか!とぎょっとしつつ、かなり詳しく書いてあったその事件を結局は噂だと思うことにしたのは、なぜだったのだろうか。
たぶん、それはおそらく昔の無名なJrのことだったし、男性間の性的加害についてなんて知りたくなかったのがそのときのリアクションだったような気がする。包み隠さずに言えば。
今回BBCの記事を読んで、中学生の私が目にしたのは2003年の最高裁での判決や文春の報道のことで、あの噂は真実だったのだと15年ほどぶりに認識することになった。
それにしてもどうして私と世間は、あの重大な事件を無視してしまったんだろう。
BBCの記事でもその要因として事務所の影響力の大きさや、同性愛への偏見が挙げられているが、私がいまでも思うのは最高裁の判決のわかりにくさ、曖昧さだと思う。
東京高等裁判所は2003年7月の判決で最終的に、文春の報道について、「セクハラ行為」に関する記事はその重要な部分において真実であることの証明があったと認めた(ただし、「少年らに対し、合宿所などで日常的に飲酒、喫煙をさせている」という記事の主張は、事実と異なると裁判所は認めた)。ジャニーズ側は上告したものの、最高裁は2004年2月に上告を棄却。東京高裁判決が確定した。
BBC NEWS JAPAN 加害が明るみに……それでも崇拝され 日本ポップス界の「捕食者」
これは文春の記事の真否を問う裁判だったから、こんな判決になったのよね?
もし”ジャニーさん”本人が、被害者たちから訴えられていた裁判だったのなら、”ジャニーさん”への有罪判決はもっと明確な形で出たのではないかと思う。
社会へのインパクトももっとずっと大きかったはず。
そんな風に思わずにはいられない。
実際にはあまりにも一般の人々に伝わりにくい形で世に出た情報だったわけだけれど、報道関係者やファンたちが無視したことも確かだったと思う。
ただなぜ私たちがそれを無視したか、もしくは信じられなかったかということを考えるとき、ジャニーズのメンバーが語る”ジャニーさん”像というものがあまりにも捕食者とかけ離れていたという点があるのではないか。
TikTokを開けば日本のバラエティーの切り抜きがたくさん出回っている。
若いときのSMAPや嵐のバラエティなんて、いまでもたくさん目にすることができる。
当時同じものをリアルタイムで実家で妹と見ていたなと思ったり、うんと若い少年たちが視聴者を楽しませようとしてくれていたんだなとか、昔は分からなかったことを感じたりする。
その中で意外なほどによく出てくるのはジャニーズが語る”ジャニーさん”の話だ。
ファンではなくても聞いたことがあると思う。
「YOU、やっちゃいなよ!☆」
こんなテロップ付きで、メンバーが至るところで”ジャニーさん”との面白エピソードを語っている。
昔はネタだと思っていたけれど、そういうふうに面白く語られるエピソードの多さに反比例するような本人の写真の少なさを合わせて考えると、それ自体がひとつの戦略だったかのように見えてくる。
”ジャニーさん”は面白くていい人、というイメージ戦略がどこかにあったのかもしれない。
BBCの記事では「グルーミング」という専門用語を使って、彼が上手く少年たちを手懐けたと書かれている。
グルーミングも確かにそうかもしれない。
でも私は、”ジャニーさん”は最初から誰をどの目的で入所させるか目星をつけていたかもしれないな、とも思う。
大事なことなのではっきり書いておくけど、これはあくまで私の想像の域をでない、憶測でしかない。
この子はいずれスターグループにいれる(手を出さない)、この子はバックダンサー、この子はデビューはできないけれど自分の好み、みたいな感じで。
そうしておけば、テレビに出演するようになるメンバーは直接的な被害を受けないから被害者ではなく、いずれ大スターに育ったアイドルから告発されることもない。
それに上記のイメージ戦略が重なることで、ジャニーズの城が強固になっていった、んじゃないかと思う。
一握りの成功したアイドルたちのピラミッドの下には、数え切れないほどのデビューできなかったジャニーズJr.たちがいる。
デビューできなかったどころか、搾取され、未来を奪われた少年たちが。
最初からデビューのトラックにも乗っていなかったかもしれない子たちが。
これを「夢が叶わなかった」で済ませていい話ではない。
BBCの取材の中で、自分が受けた被害をはっきりと認識している人、認識していない人がいたのも興味深かった。
BBCのキャスターは「グルーミング」だと思っていたようだけれど、私はそれは少し違って、そこにはこの時代の日本なりの独特な感覚があったのじゃないかと思う。
失われた30年とも呼ばれる平成生まれの実感として思うのは、「あらゆるものがお金で売れる」ということだ。
従来はランダムに出るはずの遊戯王のプレミアムなカードから、時間を変えるUSJの高額なファストパスから、美容整形による美しい顔面、はたまた援助交際という名の売春まで。
お金を払うことで得られるものはあまりに多い。
買う側だけじゃなくて、逆に売ることになっても同じことだ。
お金をもらったんだから、これぐらいされても仕方がない。
給与をもらっているんだから、どんな環境でどんな仕事でもしなくてはならない。
こういう価値観をもって育ってしまうと、本来は売ってはいけないものまで、自分は金やチャンスと引き換えているのだと思っている。
私もずっとそういう風に世界を見てきて、最近になってフェミニズムの本を読んだり、ベルリンという全く違う社会の中で肌で学んでいるところがある。
日本生まれの若者の、その擦れた経済観というか、等価交換の式がぶっ壊れているところ、倫理観を凌駕する経済感覚、みたいなものが、少なからずこのことの背景にあるような気がしてしまった。
私は当事者ではないので、これも憶測に過ぎないのだけれど。
お金で売っちゃいけない、どんなチャンスとも引き換えにしてはいけないものを引き換えてしまったとき、そこで未成年相手に大きな得をした大人を私たち社会が鋭く批判しなければいけなかった。
見て見ぬふりをしちゃいけなかったんだ。
ジャニーズをずっと好きでいたことで、「噂」を知らんぷりしてしまったことで、被害にあった元Jr.の人たちから搾取をしてしまったように感じる。