アジア映画

『サニー 強い気持ち、強い愛』オリジナル韓国版との比較!

こんにちは!

韓国版の『サニー 永遠の仲間たち』の大ファンのGenaです!

©CJ Entertainment Japan ©東宝

オリジナルを初めて観たのはANAの飛行機の中だった。

時差ぼけに苦しみながらポスターだけでなんとなく選んだ映画がサニー。

はじまってすぐに小さな画面に釘付けに!

とにかくパワフルな女の子たち、懐かしい色合いのカラフルな洋服、笑顔、笑顔、笑顔。

 

初めてのヨーロッパに一人で旅行しての帰りだったので、アジアの女の子たちの青春が一際眩しく目に映った。

この映画に心を打ち抜かれた私は、恋心にも似た思いを抱えて帰国。

遅れてきた日本での公開時にももちろん観に行った。

 

DVDでも何十回観たことか!

そんな大好きなサニーの日本リメイクが公開されると聞いて、いち早く観てみたよ!

 

オリジナル韓国版の大ファンとして、日本版を比較してみます♪

<オリジナル>サニー永遠の仲間たち

あらすじ

ナミ(ユ・ホジョン)は夫と高校生の娘に恵まれ、主婦として平凡だが幸福な毎日を送っていた。そんなある日、彼女は母の入院先の病院で高校時代の親友チュナ(チン・ヒギョン)と思わぬ再会を果たす。25年ぶりに再会した友人はガンに侵され、余命2か月と宣告されていた。チュナの最後の願いはかつての仲間たちと会うことだった。(Yahoo!映画より)

 

この80年代の韓国の、民主化への過渡期を舞台に女子高生たちの青春がきらめく。独特の時代背景もそうだし、なにより韓国人のノリやパワフルさが存分に活かされていて、誰にも真似できない魅力になっていると思う。

それのリメイクを決めたのは監督・大根仁さんと、高名な若手プロデューサー・川村元気さん。

<日本版>サニー強い気持ち強い愛

あらすじ

90年代、青春の真っ只中にあった女子高生グループ「サニー」。楽しかったあの頃から、20年以上という歳月を経て、メンバーの6人はそれぞれが問題を抱える大人の女性になっていた。「サニー」の元メンバーで専業主婦の奈美は、かつての親友・芹香と久しぶりに再会する。しかし、芹香の体はすでに末期がんに冒されていた。「死ぬ前にもう一度だけみんなに会いたい」という芹香の願いを実現するため、彼女たちの時間がふたたび動き出す。(映画.comより)

 

公式サイト http://sunny-movie.jp/

 

80年代韓国×民主化運動 → 90年代日本×コギャル文化 に見事置き換えられていて感動。

主人公ナミちゃんと家族のばりばりの全羅道の方言は淡路弁に。日本版の奈美ちゃんの家族は、阪神大震災で勤め先を失い、横浜に引っ越してきたという設定になってた。

 

純粋に、めちゃめちゃ面白かった!!92年生まれの私たちにとってはこの時代の高校生の話は半ば伝説的。(エンコーとか、パンツ売るってなに!?)

初めてこの90年代を生きたような気がした。

やっぱり全国どこでも女子高生の集団というのは最強だよね!

無限のパワーを発揮してた。

気になっていたサブタイトル「~強い気持ち、強い愛~」は当時人気だった小沢健二の曲名をそのまま持ってきていることが映画をみて判明w


ここで、オリジナルとリメイクの二つをGenaなりに比較みようと思う

オリジナル越えのシーン

  • ブリトニーへの反撃のシーン(オリジナルとは違ってこれまた最高!!)
  • お昼ご飯争奪戦争 (お腹を抱えて笑った!!)
  • 奈々のモデルポーズ (現代っぽくて可憐でセクシー!)

 

オリジナルのほうがよかった点

  • 中年期↔高校時代 の場面の切替

 (オリジナルはとてもスムーズで観やすかったけど、日本版では千切れ千切れな印象)

 

  • ビデオレターを再生するシーン

 (オリジナルで出てくる、高校時代に撮影した中で呼ばれる名前に反応してふと画面を振り返るナミの表情が最高なんです。涙がでてくるぐらい切なくて、お気に入りのシーン。篠原涼子はあまりそんな感じじゃなかったかな)

 

  • ドラッグに手を出してしまった元サニーメンバー

 あれはチョン・ウヒの演技力あっての賜物。匹敵するのは難しいよね。

 

一度でいいからコギャルになってみたかった。私はきっと、ルーズソックスに死ぬまで憧れることでしょう。

比較しつつも大いに楽しんだわけだけど、やっぱり気になった点がある。

 

超えられなかった文化の壁

なにが気になったかというと、リメイク時に<文化の壁を越えられなかった>ところ。

なんだかこれって、外国語の小説を翻訳したときに日本語に残る違和感に似てる。

その文章が言っている意味はわかるけど、なんとなーく納得できないあの感じ。

文化が訳しきれていなんだと思う。

翻訳者が違えば驚くほどすんなりした文になるわけだし。

 

それと同じことが映画のリメイクでも起こっている感じがした。

特に私は、

  • 親しい相手の顔を触るシーン  (大人になった奈美と芹香の再会時)
  • おでんの屋台で飲むところ   (高校時代の奈美と奈々の和解のシーン)

え、そこ!?と思う人もいるかも。それぐらい小さいけど、見逃せないポイント。

 

韓国人は日本人より友人間もスキンシップがとても多い気がする。

だから韓国文化の文脈で相手の顔を親しみを込めて触っても不自然じゃないけど、日本でそれをやるとちょっとやりすぎで違和感が。

 

屋台も、韓国は日本よりずっと多くて、高校の帰り道に買い食いするのがよくある光景なほど。

そして冬になると屋台がビニールで囲まれてモンゴルのゲルみたいになる。

だからナミとスジがあんなおっさんくさい場所で飲んでいても別に不自然じゃないわけ。

 

ところが日本版はおでんだし、屋台だし。(成人してる私だってまだ入ったことないよ!)

ここもオリジナルをそのまま持ってきてしまった故の違和感が感じられた。

 

でも女子高生が屋台で酒を飲む、って、めっちゃ絵にはなるよね!

 


やっぱりリメイク作品において、リメイクだということを忘れさせるぐらい自然にしようと思ったら、換骨奪胎をするぐらいじゃないとという気がする。

 

実写では思いつかないけど、例えば、

原作の児童文学:ハウルと火の悪魔→長編アニメーション:ハウルの動く城 

は要素は残しつつも骨組みはガラッと変え、それだけ変えたはずなのにストーリーは忠実という不思議な印象だった。

 

文化の壁は言葉の壁より高い。

だからより優れた「翻訳」が必要になるんだと思う。

そのためなら大胆な手段も厭わない(でほしいところ)。

だってリメイクの醍醐味ってそういうところじゃない?

いい映画は大胆にリメイクしてほしい!

そしたら一度で二度美味しい作品になるよね。そういう映画にこれからももっと出会いたい。